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令和7年7月の入選句(兼題:「雲の峰」、「舟遊」)
<特選> 3句
<ここから先海の匂ひや舟遊>
河口付近までいく舟遊びなのでしょう。吹く風の匂いが変わり海の近いのを感じています。「もう」を詠み込みますと驚きが表現できます。
<照る雲と曇る雲あり雲の峰>
日の照って輝いているところと、翳っているところがあるのだと思います。「あり」と説明せずに、二箇所の部分を並べますと印象的になります。
<雲の峰上り下りてコースター>
雲の峰を遊園地のジェトコースターが上り下りしているように見えたというのですが、季語の雲の峰に焦点を絞り瞬間を詠みたいです。
<その他の入選> 20句
<大観覧車峰雲に呑まれさう>
見ている位置によりますが彼方に雲の峰があるとすると大観覧車の方が立ちはだかるように大きく見えるのではと思います。
この発想はすでにありそうですが舟遊びの楽しさが伝わります。
<漆黒に篝火こがす鵜飼船>
「漆黒の闇を焦がす」のなら分かりますが原句の表現はおかしいです。「焦がす」を省き情景をそのまま詠んだ方が伝わりやすいです。
<淡の海葦を分けつつ遊ぶ舟>
琵琶湖の葭原の水路を巡っている舟を思いました。「分けつつ遊ぶ舟」が散文的で説明になっています。「分けゆく遊び舟」としますと俳句らしく調べも整います。
<木道を日差し埋もるや蓮いきれ>
情景が分かりにくいのですが、蓮池に渡してある木道に周りの蓮が背が高く日差しが届かないことをいっているのでしょうか。また、「蓮いきれ」では肝心の季語の蓮の花が見えて来ません。作者の位置を池塘に変えます。
<街の灯を揺らす川風舟あそび>
都会の夜を流れる川での舟あそびです。ネオンやビルの灯が川面に揺らいでいるのでしょう。川風が揺らしているより川波が揺らしていると思います。
<黒あげは影を濃くして大空へ>
大きな烏揚羽でしょうか。影を濃くしてというのも駄目ではありませんが目で見た印象をそのまま「黒々と」とよみますと印象的になります。
<水しぶきかかるも嬉し舟下り>
「舟下り」は季語になりません。「舟遊び」にします。水しぶきを浴びて嬉しいというより楽しいのではと思います。
<水飛沫高く低くと舟遊び>
「高く低くと」ではわくわく感が伝わりません。ときには思いもかけない飛沫が上がり歓声が上がる様子にしたいと思います。
<緑陰や深呼吸して歩を進む>
折角の緑陰です。歩を止めて木の下で深呼吸して一休みしたいです。
<水しぶき浴びるも嬉し船遊び>
同じような句が前にもありました。この句は「船遊び」とあります。「船」ですと大きい感じがしますので飛沫が掛かるかどうか疑問です。「船」を「舟」にしますと小さい舟のイメージになりますので納得できます。
もくもくと雲の峰が空高く成長し、今にも崩れて来そうだと言っています。そんな感じも分かります。
<寝もやらず数式巡る熱帯夜>
熱帯夜で眠られずに数式を巡らせるとありますが、余計に眠れなくなってしまうような感じがします。常套的ですが羊を数えることにしました。
<芭蕉像間近に徐航遊び舩>
場所柄を入れたほうが情景が伝わりやすいように思います。徐行するのですから「間近に」は省けそうです。上五が字余りですが「バショゾウニ」とつづめて読みます。
<投網を見する四万十の舟遊>
四万十の遊び舟の船頭が投網の実演をしてくれるのでしょうか。清流の四万十川の投網を見てみたいものです。
<遊船にドリアン売り来るタイ小舟>
「ドリアン売り」と名詞にしてタイの国名を省き「小舟寄る」としますとすっきりします。
<その形眺めて飽きず雲の峰>
何故見飽きないのでしょうか。そこを詠み込みたいです。
<白球のぐんぐん伸びて雲の峰>
高校野球の白球を思いました。雲の峰に飛び込まんばかりに勢いよく飛んでゆく白球が夏らしくてよいです。
<遊船の灯の点々と隅田川>
夜の隅田川の納涼舟を思いました。暗い隅田の川面に、まず目につくのは船の灯と思いますので語順を変えてみます。
<船頭にスリル委ねて船遊び>
スリルを感じることもありますが「舟あそび」は元来は納涼のためのものです。船頭に委ねるのは棹ではないでしょうか。
以上
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