令和6年5月の入選句(兼題:「立夏」、「帰省」、「金魚」)

<特選> 3句
震災の仮設住宅金魚飼ふ
野村親信
<地震逃れ仮設住宅金魚飼ふ>
この度の能登の震災に限りませんが仮設住宅住まいを余儀なくされている人たちがお気の毒です。この金魚は、被災宅から一緒に避難してきたものかも知れません。あるいは新たに飼い始めたものかも知れませんが、一緒に暮らす生き物は心の支えや癒しになることと思います。

物言ひたげに浮かびくる金魚かな
鈴木寛
<浮かびきて金魚は言へりほと言へり>
「ほと言へり」が分かりにくいです。物を言いたげに金魚が浮かんでくるだけでもおもしろい句と思います。

帰省せず八丁味噌を買ひにけり
本多悠天
八丁味噌が当たり前に育った岡崎出身者。帰省できないときは、せめて八丁味噌を買って故郷の味を偲んだのでしょう。淡々としている句ですが好きです。

<その他の入選> 24句
江ノ電のどつと人吐き夏来る
本多悠天
湘南の海沿いを走る江ノ電は随所に夏のレジャーの穴場があります。夏になると江ノ電が賑わうことでしょう。

帰省子の髭に一家の意見割れ
本多悠天
<帰省子の髭に一家の割れにけり>
髭を蓄えて帰ってきた息子にまずは驚いた家族。家族の反応が色々だったことが分かります。

アクアリュウム金魚万匹泳がしむ 宮田望月
<アクアリウム金魚万匹たゆたえり>
アクアリュウム(水族館)のようなところなら万匹の金魚も考えられます。とりどりの美しい金魚を泳がせているのでしょう。

琉金の薄ぎぬめける尾びれかな 宮田望月
<琉金の尾びれうすぎぬ午後三時>
下五の「午後三時」は一句に特に必要でしょうか。効果があるとも思えませんのでそこを省き語順を整えました。

金魚糶る声なく符牒水槽へ
小森葆子
金魚の入った糶箱が流れてゆき、買いたい場合はその箱に符牒を入れ、特に糶落とす声を立てないのでしょう。

面倒をみる約束に金魚飼ふ
小森葆子
犬でも猫でも通りそうですが、金魚も水槽の水替えや餌の世話が大変ですね。

街中のロープウェにも初夏の風
新井康夫
高い山へ登るロープウェがある街というと、六甲へ登るロープウェがある神戸を思いました。「初夏の風」が似あいそうです。

青嵐吹かるるままに円覚寺
新井康夫
<晴嵐に吹かれるままに円覚寺>
「晴嵐」は山風の強いものとか晴天の日に立ち上る山気、と辞書にあり季語ではありません。季語の「青嵐」は「せいらん」と読まず「あをあらし」と読みます。青嵐に吹かれるままに鎌倉の円覚寺辺りを逍遥されているのでしょう。

帰省すや町に駄菓子屋無くなれり 太田眞澄
<町並みは変はれり帰省の駄菓子屋>
久しぶりに帰省したら町並みがすっかり変わってしまっていて、よく通った駄菓子屋もなくなっていたのではないでしょうか。

のど飴を離すことなく夏来たる 鈴木六花
<のど飴の離すことなく夏来たる>
喉を傷めやすい方なのでしょう。今年は特に暑くなったり寒くなったりで気候がおかしかったので喉を痛めることが多かったのでしょう。

分譲地嘗てしきりに不如帰
杉原洋馬
<分譲地嘗て不如帰の大屋敷>
大屋敷が、よくわかりませんので省き、この分譲地はかつては不如帰がなくような環境の良いところでしたということにしました。

はためける力士の幟夏来たる
鈴木寛
<力士幟暴れはためく立夏かな>
相撲の力士の名の書いた幟と思いますが、暴れるまでは言わなくてもよいのではと思います。はためくだけでも初夏らしさが伝わると思います。

黴くさきアルバムを繰る帰省の子
鈴木寛
<黴くさきアルバム捲る帰省の子>
久しぶりに実家に帰り、学生時代を思い出し卒業写真を探し出し見ている場面でしょう。黴くさきで相当年月のたったアルバムを想像します。

帰省子の早やも戻りぬ国言葉
深谷美智子
<帰省子のお国言葉の早も出で>
標準語に慣れたとはいえ、地元に帰り家族や友に会えばすぐに地元の言葉に戻ります。

庭眺めゐて帰省子の所在なげ
深谷美智子
<帰省子の所在なげなり庭眺め>
何だかうまく言えませんがわかる気がします。自分の家でありながら落着かないような気分がするのでしょう。

唐突に色翻す金魚かな 市川毅
金魚鉢を見ていますとこういう光景に出合います。色翻すとしたところに驚きが見えます。

翻る金魚の火焔めきにけり 山崎圭子
<箱生簀金魚群遊火焔めく>
箱生簀の金魚に限らないと思います。火焔のように思った感動だけでいいと思います。

箱生簀金魚群ごと糶られけり
山崎圭子
<箱生簀コンベア式に金魚糶る>
つぎの作品「個で糶られ群で糶らるる」という内容の句と一緒にし、箱ごと群れで糶られる金魚の句にしてみました。

朝散歩今年も聞きぬホトトギス
中島彩
<今年またホトトギス聞く朝散歩>
ホトトギスを聞くと夏が来たという思いを深めます。今年も鳴いてくれたホトトギスが嬉しいです。

山の色深まる夏となりにけり
中島彩
<夏立つや山の緑の深々と>
納得できる情景ですが、「緑」も一応夏の季語ですので、単に「山の色」にし、「夏立つ」の表現を「夏となりにけり」にしました。

単線の母なき駅に帰省せり
加藤雙慶
単線の、多分いまはもう無人となった駅舎に降り立った作者です。母の無くなっている実家に帰省したのは法事でもあったのでしょうか。

俳徒吾に季語の溢るる夏来たる
野村親信
<季語溢る短詩零るる立夏かな>
季節別歳時記の一番厚いのは夏の編です。季語の溢れるほどの夏ですが「短詩零るる」というのは言い過ぎに思います。

日曜の朝刊薄き立夏かな
野村親信
「立夏」は特に祝日ではないので、売り出しなどの広告も入らないので朝刊は薄いかも知れませんね。ちょっとした発見が句になりました。

三日早や帰省子都恋しがる
野村親信
<帰省子は三日で都恋しがる>
都会の生活に慣れてしまったら田舎は退屈というのでしょうか。親としてはちょっと
複雑な思いです。


以上
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